子供と大人の『時間』の違いつれづれ 2017年6月

「横山光輝三国志ばっか読んでないで宿題しろ!」

夜10時過ぎ…モ人宅の一部にて、今日もモ人(36歳)とセガレ(小学二年生)のやれ、やってるの押し問答が続いています…。

ゲェ!!関羽!!!

思い返せば、大人になってしまった後に「いいよなぁ、子供は。お金はないけど、時間がありあまってて」「あのころ、欲しいものを買うお金はなかったが、限られたおもちゃや折り紙をつかっていつまでも遊んでた。時間だけはくさる程あったなぁ」というノスタルジックな気持ちになってました。これは子供が生まれる前からです。

大人になってから、毎日の仕事や生活に追われるようになって、一週間、一ヶ月、一年が経つのが早く感じられるようになってきました。最近、Twitterなんかで『To Heart』発売から20周年です!とか流れてきた時は…あ、いや、この話はヤメときましょう…。それより自分の中では「最近のガンダム」だとカテゴライズしてた『機動戦士ガンダムSEED』がすでに15年前の作品である、ということのほうがガンダムファンとしてはダメージでかいっスね点

この感覚にズバっと答えを与えてくれる記事を最近読みました。

「体感では19歳で人生の半分が終わる」というジャネーの法則をわかりやすく図解するとこうなる – Togetterまとめ 「体感では19歳で人生の半分が終わる」というジャネーの法則をわかりやすく図解するとこうなる - Togetterまとめ

はーなる程ねぇ…。このジャネーの法則は、一年ごとに「人生の中で、一年の重みが薄くなっていく」という事なんでしょうねぇ…。

こうやって法則化してみると理論的で格好もつくんですが、モ人は最近もうちょっとちがった感覚で、この問題に自分なりの仮説を考えています。

きっかけはセガレ観察

PM6時過ぎ。世の働きざかりのお父さんがたには申し訳なく思いつつも、近くなった勤め先とまだまだぺーぺーなので残ってやる程の仕事量でもないので帰宅できる幸せをかみしめつつ、ドアを開けます。

この時間は我が家でセガレを中心としたお子様三人がEテレの「天才テレビ君You」でデータ放送をピコピコやっています。自分と妹(ムスメちゃん)の名前をつけたキャラなんかを登録しちゃってノリノリです。(我が家は子供らにゲームを持たせてないので、これが唯一のゲーム的な娯楽なのです…)

(今年度から始まった「天才テレビ君You」はT.M.Revolutionこと西川貴教さんがクイズを出すコーナーがあるぞ!!)

ここで、モ人は嫁さんに確認をするのです。「今日は宿題をやってる?」

だいたい「あとは音読だけ」週に二日は「まだ何もしていない」たまーに「今日は全部終わっている」

…ここから、モ人とセガレの戦いが始まります。

モ人「明日の為の準備と宿題をしろ」

セガレ「~が終わったらやる~」

もうね、一回何かを始めたら終わるまで動かないんですよ。「いま読んでる本が終わったら~」とかいうので、<しおり>でもはさんで宿題しろ!っていうと<しおり>なんてないとか言い出すので、手ごろなメモ紙はさませたり(してもすぐに動くわけでもなく)

夕ご飯が終わると下の二人(ムスメちゃんルーキーちゃん)はあくびをしだすので、ささっと風呂に入れ、歯磨きをすませ、9時より前なら絵本を読んであげます。セガレはこれに加えて「宿題」「翌日の準備」「歯医者から指導されている体幹トレーニング」が追加されてます。

これを、やらない。

ちょっと目を離すと図書館から借りた「かいけつゾロリ」「横山光輝三国志」「ドラえもん」「鉄腕アトム」を読みふけっています。注意した瞬間にはいそいそとやるんですが、やはり目を離すと読書してるんです。

あのさァ…

時計の針が9時半をまわると下の二人を寝かせつける為に嫁さんは寝室に引っ込んでしまいます。セガレの宿題はカメのようにゆっくりしか進みません。ヒドい時は、そんな時間になって「宿題に必要な○○を失くした。たぶん、学校においたまま」とか言い出すんですよ。お、お前…

こういうやりとりを繰り返してて感じたのが、子供と大人では『時間』という資源に対する意識が違うのではないか?という仮説です。

確かに、モ人自身も子供の時は楽しい事があればいつまででもやっていたし、その後の事なんて考えもしませんでした。『時間』も『楽しい事』も無限にあったーあるように感じていたんですね。

でも、大人になるまでの間に『時間』とは有限の資源である、と思い知らされる日がきます。一般的にはテストや入試などの勉学でもそうですし、スポーツの大会、文化部なら発表会など「期日の決まっているものに対して、成果を出したい」経験というのは誰にでもあるのではないでしょうか?(ちなみに、モ人は高校時演劇部、嫁さんは吹奏楽部でした)

一日は24時間、寝ている時間や学校の時間を除いて完全に自由な時間とはどれぐらいなのか。それを、どれぐらいの時間をコレコレに回してからというのは大人だと色々と考えてしまう=管理するものですが、子供にはそういう視点はまだまだないのですよね。

良くも悪くも大人は「義務」を優先してしまい、「楽しみ」まで手が回らないという事もあり、「だから子供はけしからん!」とも言えないんですが…ただ、まだ子供自身に管理までさせられないから~と親がお尻を叩いてばっかりだと成長しないような気もしてます…。

どうにも、さじ加減の悩ましいトコロです。


『時間』

誰にでも平等に流れてくる物理的な≪資源≫である一方、その捉え方や感じ方、扱い方は千差万別だなァと改めておもってしまいます。経験が少ないから、有り余っていると感じる事も、経験が多いゆえに足りないと感じる事も、同じ『時間』をどう捉えるか?に過ぎないんですねェ…。

それでは せいぞんせんりゃく しましょうか

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