金額の話は、すまー(やるまい、すまいの意 #長州弁)

30万円

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この金額、それを眼にして、皆さんはどう考えるでしょうか?

この「30万円」が手に入るとしたら…?どうするでようか。

逆にさしたる理由もなく、理不尽にも支払わなければならなければ…??

「お金」には色はついていない。色をつけているのは「それを扱う人間」だ。

小見出し前半の「お金」には色はついていないという言葉。コレは有名なフレーズですね。そりゃそうです。誰からもらったお金だから~とか汗水働いて得た、大事な給料だから~。関係ないんですよ、どんな理由で得たお金だろうと。

誰からもらったお金であろうと、誰に支払うお金であろうと「お金」そのものに変わりはありません。やれ、「たいした運用をしていないし事業がうまくいっていないだろうに寄付とかおかしい」だの「オレ達の払った血税(けつぜい)を年末の予算使い切りの為の道路工事に浪費するのはけしからん」だの、皆さんあーだこーだ他人のお金の使い道に文句を言いますよね。極論を書くと、実際にお金を扱う人が、お金に色をつけている事に対して「けしからん」「気に入らない」と文句をつけたがる人が大勢いるって事なんですよね。

「30万円」にどんな色をつけ、どんな価値を見いだすのか?

「30万円」

実は、モ人が今行っている単身赴任、その為に『従来だったら必要のなかった』出費の額面です。どうにも、勤め先(の偉い人)には「子供の幼稚園卒園程度の理由で単身赴任を行うのはおかしい」と考えているご年配かつ責任ある方々が多いご様子です。アレやコレや「やめとかんかね?」という働きかけをしてきます。

この「30万円」の出費もその一つ。当然、「単身赴任をさせてください。お願いいたします」と直接に会社に納めるお金では決してありませんが…ちょっと具体的には書けませんが従来だったら必要のない出費である「30万円」をチラつかせて「給料も安くなって生活厳しいだろう。ここで無駄な30万円の出費は望ましくないのではないかね?おとなしく一家五人で引っ越ししたまえよ」という意思をソフトに、しかししっかりと押しつけてきやがります。

ただでさえ事業もうまくいっておらず、我ら下っ端の給料をシメ上げてきているのに、この態度、この言いぐさ…腹の中に黒いマグマが煮立ってきますが…

こうなると、意地の張り合いです

「30万円」は惜しい…とは思うけど…

本質的に「お金は道具」に過ぎません。自分のしたい事をする為に使うものだし、誰かのしたい事をかわりにやってあげたり、その手段(=価値)を提供する事を通じてお金をいただく事ができる。実際のビジネスでは、需給関係やインフラの発達度、商習慣や売り手と買い手の情報の対称性(=非対称性)などなど色々な要素が絡み合うものですが、一本筋の通った「芯」として、お金を得る事、使う事の本質を忘れてはいけない、と日々感じています。

「30万円」

このお金があれば…と思う事もないではないのですが、我が家、特にモ人夫婦は、共に「30万円」をたたきつけて「やりたいようにやらせていただく、これでよろしいな?(ギロリ」と言ってやることを選択しました。(リアル勤め先ではとてもできませんが。あくまでイメージです)

この話をするとだいたいの人が「え?!30万円!?!?…」と絶句します。皆さん、各人各様に「30万円」を身近なものにおきかえてらっしゃるのかもしれません。

しかし、話を聞いた方々のアタマに浮かんだ「30万円」はあくまでも「各人各様の生活収支がなりたった上での追加の30万円」だったり「臨時出費の30万円」をイメージしているのでしょう。同じ「30万円」という「お金という道具の量」であっても、それを扱う人間の数だけ解釈がある…どころか同じ人間であっても状況によって見方が変わるもの。

もうね、だんだんと「モ人のトコ、30万円を浪費したんだってよ」と「30万円」という金額が一人歩きしがち…だと感じるようになって、色々説明するの面倒になってきたので…

「金額の話はすまー」

しんどくは ないとはいえぬ このせいかつ どっこいいきてる しぶとさもみせ

字余り&季語なし (´・Д・)」 しらんけど

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