読書感想文:戦う動物園―旭山動物園と到津の森公園の物語

まさかの組み合わせ!!

なんで日本最北端かつ夏旅行で楽しみにしてた旭山動物園と、我らが北九州が誇る(?)到津の森公園(モ人的には到津遊園の印象が強いんですけどね)がセットなんだよ(笑)

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今、日付確認したら洗濯機買ったあと…つまり旅行出発直前に読み始めた本であった…

あ、実質的に写真に映ってる二冊ともの書評になるかもです。正直、被ってる(特に『戦う動物園』を読んでると『<旭山動物園>革命』詳しくは~ページ)内容が多々ありますので。

きっかけはエルさん@レバレッジ投資実践記さんの『去年の夏休みエントリ』を拝読した事!!

【夏休み】北海道に家族で旅行してきました。 : レバレッジ投資実践日記(インデックス投資ブログ) 【夏休み】北海道に家族で旅行してきました。 : レバレッジ投資実践日記(インデックス投資ブログ)

ってなんで去年やねん…実はこの本を読んだの(およびこの書きかけのエントリの冒頭を書き始めたの)は夏ごろ。ちょうどモ人家は実家の行け行けドンドンテンションにひっぱられるまま北海道旅行を目前に控えていました。

夏休みのお知らせ ~あるいはモ人一家北海道強襲のお知らせ~ 夏休みのお知らせ ~あるいはモ人一家北海道強襲のお知らせ~ | これが我が家の生存戦略

その時にエルさんの『今年の夏休みエントリ』を拝読し、その文中に「去年の夏休みは北海道へ家族旅行に行きましたが」という文言と共にリンクを発見したのでついついポチっとな。そして、旭山動物園・四季彩の丘・小樽にいったという旅行記エントリを読んでいると『昔読んだことがある本です。「旭山動物園」革命―夢を実現した復活プロジェクト』という文言が。

実は、ちょっとブログネタにしにくい事情で9月に旭山動物園元園長・小菅正夫さんの講演を拝聴する機会がありまして。そういうスケジュールも入っているし、今回の『北海道旅行』の旅程の中にばっちり『旭山動物園』も入っている。これは試しに読んでおくべきだな、と感じたモ人は即座に板橋区の図書館HPで『小菅正夫』を検索。色々な書名がひっかかってくる中で、この本『「旭山動物園」革命―夢を実現した復活プロジェクト』と共にモ人の眼に、意識に、魂につよく刻み込まれたそのタイトル

『戦う動物園―旭山動物園と到津の森公園の物語』

!?!?!?!!??!?!?

ナンデ?!??!ナンデ到津の森??!?!!!(いとうづのもり、と読みます。)

止めどなくわき上がる疑問符を抱いたまま条件反射で予約カートへIN。

翌日に職場最寄りの図書館にて昼休みに受け取った新書二冊をにやにやしながら写真に撮ったのが上記のアイキャッチ、というわけです。

「動物園とは何か」その問いかけから、旭山動物園の立て直しが始まる

もうね、冗談じゃなくて「動物園とは何か」から入ってるんです。この「動物園とは何か?」という問いに、ほとんどの人が「え?動物を見に行く場所でしょ?」「動物がたくさん飼われている場所」ぐらいの答えが出てくると思うんです。

でもね。違うんですよ。日本最北の動物園である旭山動物園では、この問いを突き詰めた。なぜなら、園で働く人全てが「動物園ほど面白い場所はない」「動物はこんなに面白いのに、何故お客さんが来ないのだろう」と思っていたのだから。

動物園が面白い理由、動物が面白い理由は本をご覧ください。というか、このあたりの詳細を語ると、それはそれで長くなってしまいがちなので…

本題は「戦う動物園」だよ!

そうそう、この「戦う動物園」という本は旭山動物園元園長の小菅さんと岩野さんによる複数回の対談(司会は編者である島泰三さん)を注釈付きでまとめたもの。

旭山動物園の部分は上記の書籍とかぶる部分もあるものの、そうでない(まだ語り尽くせてない部分)というのがあるのが興味深かったですね。(まったくの余談。9月に聴いた講演でも大筋は二冊の本で予習していた通りだったのですが、枝葉にいたるエピソードはまだまだストックがあるご様子でした。もう少しお話を聞いてみたい!と思ってしまった…)

そして、本題の到津の森。さてさて、ここでやっとこさ到津の森の説明に入るのですが、この到津の森というのは北九州市の小倉北区の隅っこ、八幡東区と戸畑区の三区がおおむね接している地帯にある動物園です。実は当ブログでも一回出ています。

2015年は…跳ねなきゃ! 2015年は…跳ねなきゃ! | これが我が家の生存戦略

(上記エントリのアイキャッチ画像は、年始に一家五人で到津の森に行った時に書いた絵馬の写真だったんですね)

この到津の森公園、今では北九州市が管理していますが、開園時は西鉄(にしてつ。西日本鉄道が正式名称。北九州・福岡市内ではビックリするぐらいの頻度で遭遇する西鉄バスを運行。JR九州と双璧をなす福岡県民+αの交通インフラ)という会社が運営していました。民営の動物園・遊園地だったんですね…遊園地??

そう、この到津の森公園は「到津遊園」という遊園地 with 動物園として西鉄が運営していたのですが、1990年代に入ってから赤字が続き、どうにも西鉄のお荷物だという話になり閉園の運びとなってしまいました…が、ここからがスゴい。北九州市民スゴイ。

1999年4月21日に西鉄より「「到津遊園閉園」の方針を発表」した途端、北九州市から西鉄への申し入れ、存続を求める市民のアンケート・署名活動etcetc…当時高校生だったモ人も、自分自身は動物園にウキウキしてでかける年ではなかったものの、地元メディアの盛り上がりは感じていましたし「(確かに最近は行ってないけど)遠足の定番だった到津遊園がなくなるのはイヤだなぁ」という気持ちがありました。

当時の様子や現場からみたジタバタ劇も本書では綴られていますが、何より驚いたのが現園長であり、到津遊園の最終園長を務めた岩野さんが「到津の森公園としての再出発」に関してまったくタッチさせてもらってない事!もうね、考えられない。そんで、動物園のハード(設備)が用意されて変更のきかない段になってから「もう一回園長をお願いします」だなんて…それでも腐らず園長として毎年黒字を出し続けてる岩野さんもスゴイ!!

末吉市長が意外と(失礼!)やり手だった件

あと、対談パートではないんですが到津の森公園開園に関する末吉市長(当時)のウルトラCもなかなかアジのある力わざでした。

市民からの熱望があっても、最後の最後には「予算」がつかなければ実行できない開園プロジェクトに対して、「到津遊園」だけを眺めるのではなく、高い場所から俯瞰して見て、隣接する「中央公園」の整備事業の一環として国から予算を融通してもらったというのはビックリ&納得しました。確かに、到津の森公園開園と前後して極端にきれいになりましたからねぇ、あのあたり。結婚した当初、子供が生まれてもないのに嫁さんとふたりでピクニックなんかに行ったのもいい思い出。

末吉市長といえば小倉の市街地を流れる紫川に何本も何本も橋を架けてて、両親や祖父母らから「橋ばっかり架けてる市長」という風にdisられてたのを青年として耳にしていましたが、なかなかどうしてやり手ではないですか。(ちなみに、橋ばっかり~と言ってる大人達に対して「橋は重要な拠点だ。パトレイバー2 the movieでも橋が落とされてから都市部の機能は麻痺してしまった」と言ってポカンとされていたヤングモ人…って今と変わってねぇ)


さてさて、そんな「到津の森公園」では様々な寄付を募集しています。そのあたりもいずれネタにできれば…(っていっても、モ人も2016年3月現在で寄付はしていないので…ホントに紹介程度で)

それでは せいぞんせんりゃく しましょうか

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