読書感想文:光圀伝

久方ぶりの読書感想文です。(実は書きかけが一つあるんですけどね…)f1cbb0d0c0b73e5ca2fb60ec8810a2de_m

光圀伝 単行本 – 2012/9/1

内容(「BOOK」データベースより)

なぜ「あの男」を自らの手で殺めることになったのか―。老齢の光圀は、水戸・西山荘の書斎で、誰にも語ることのなかったその経緯を書き綴ることを決意する。父・頼房に想像を絶する「試練」を与えられた幼少期。血気盛んな“傾奇者”として暴れ回る中で、宮本武蔵と邂逅する青年期。やがて学問、詩歌の魅力に取り憑かれ、水戸藩主となった若き“虎”は「大日本史」編纂という空前絶後の大事業に乗り出す―。生き切る、とはこういうことだ。誰も見たこともない「水戸黄門」伝、開幕。

  • 単行本: 751ページ
  • 出版社: 角川書店(角川グループパブリッシング) (2012/9/1)

kindleにて三分冊(上中下)したものを読みました。去年(!)のAmazonのKADOKAWA70%オフセール時に購入してました(つまり積んでた)

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概要

時代劇「水戸黄門」でおなじみ、水戸の御老公の一生を綴った物語です。というか、水戸黄門になるまでがどっしりと長いし、水戸の黄門様になってから「これぞ水戸黄門!」という描写は一つしかなかったです。そのあたりを期待すると肩すかしをくらいます。(いや、期待しないだろう)

モ人は全然存じ上げなかったんですが、水戸光圀公は当時の史書編纂において結構重要な方だったんですね。又、以前読んだ『天地明察』(同作品作品)と時代背景及び登場人物が重複しているのもニヤリとさせられます。特に『天地明察』にて後半のキーマンとして舞台にのぼった「水戸光圀」がどんな心情で改歴事情を進める主人公・渋川春海に接していたか、などもう一度『天地明察』を読み返してみたくなります。

引用

本来なら余ではなく世子となるはずだった次兄の名を、亀丸という。生まれながら病気がちであったため、その養育にはみなひどく気を遣った。

亀丸が四歳のときのことだ。父が戯れに、こんなことを亀丸に言った。

「お長を養子にするがいい」

もちろん、お長とはまだ幼い余のことである。体が弱い亀丸に万一のことがあったときを考え、養子にせよと言うのだ。それほど父が常に亀丸の生命を心配していた証拠でもあるだろう。

亀丸は父の言葉を大事に受け止めたようであった。四歳の子供なりに。さっそくそこにいた幼子に、

「おれのお長」

と呼びかけている。

そして乳母の武佐(むさ)の腕の中で幼子が泣くと、

「おれのお長を泣かすな」

自分まで泣きそうになりながら怒る。四歳の子供の真心とはそういうものである。乳母に抱かれた幼子を、弟ではなく自分の子と思い、愛そうとした。

「さ、おれを父上と呼んでみよ。父上と」

幼子に向かって、しきりに言う。幼子にたやすく言葉が喋れるはずがない。父も乳母もただその様子を、微笑ましく思うばかりである。だが幼い者同士、何か心通じるものがあったのであろう。ある日、いつものように亀丸が幼子を呼ぶと、幼子は亀丸をじっと見つめ、

「ちちうえ」

と口にする。

亀丸はこれを大いに喜ぶ。

「お長が父上と呼んだ。おれを父上と呼んだ」

父も乳母も驚くが、亀丸の喜びに感化され、優しく笑う。

「お長は亀丸の子」

亀丸が死んだのは、そのひと月後の秋である。

「ちちうえ」

それが幼子がこの世で発した、最初の言葉だ。間もなく死ぬことになる四歳の次兄に向かって発した言葉。父がそう教えてくれたし、そのとき席を共にした者たちも同じように話してくれた。だから事実であろうと判断できる。生まれて初めての言葉が、幼子にとって真理となったであろうことも。

これが”如才ない”余の史実である。

余にとって、父が全てだった。

言いたい事

『天地明察』は算術を極め、天体の動き-ひいては歴(こよみ)というこの世の自然現象に挑む物語でした。この『光圀伝』は水戸光圀が「詩で天下をとる」という目標や幼き日に長兄を差し置いて世子(水戸藩の世継ぎ)として選ばれた理由を基め、儒学や史書を学ぶなかで様々な「義」を見出し、人の世を「光」で照らさんとする物語だった…モ人はそう考えます。

又、光圀は様々な人の「死」を看取る中で「こうして生きて、死んでゆく者達はみな『無』ではない。確かに生きていた。そして、その営みを綴ったもの、その『息吹き』を連綿と連ねたものこそが史書になるのだ」と考え、史書編纂事業を進めて行くのです。

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何度かご紹介している福井晴敏氏の『小説・震災後』

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これは主人公野田と老いた父の関係を通して、野田自身が中学生になる息子へと託すべきものを手渡す物語でした。(グッ…ウウッ)←思い出し泣


直接ご紹介したことはありませんが『父と子』というとまっさきに思い浮かぶのが『ジャイアントロボ THE ANIMATION ~ 地球が静止する日 ~』

ご参考:真実とは問いかけることにこそ、その意味もあれば価値もある真実とは問いかけることにこそ、その意味もあれば価値もある | これが我が家の生存戦略

この作品の中で主人公:草間大作(12歳)が幼き日に死にゆく父から託された問い

『時代は不幸無しに越える事は出来ないのか、幸せは犠牲無しにはうる事は出来ないのか』

-そしてその答えを探す為に託された『力』-ジャイアント・ロボ。同じように父から『想い』と『力』を託された敵-幻夜との対比などなど…(グッ…ウ、ウワーン!!!)←思い出して号泣


…水戸黄門、というと好々爺が市井の人々と同じ目線で難事件に臨み、あらゆる事情を勘案した上で、20時45分前後には助さん格さんが大立ち回りを行った挙句、キメの印籠を出して悪者を黙らせて、しっかり傾聴の姿勢を取らせてから改めて『義』を説く。

…うん、こうやって改めて書きだすと「この光圀伝に書いてある内容は確かに、そのバックグラウンドたりうるな」と思い知ります。

秋の夜長に、『光圀伝』いかがでしょうか?

それでは せいぞんせんりゃく しましょうか

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