読書感想文:世界史の誕生

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世界史の誕生─モンゴルの発展と伝統 (ちくま文庫) 文庫 – 1999/8 岡田 英弘 著

内容(「BOOK」データベースより)

世界史はモンゴル帝国とともに始まった!地中海文明と中国文明の運命を変え、東洋史と西洋史の垣根を超えた世界史を可能にした、中央ユーラシアの草原の民の活動。モンゴルの発展と伝統から世界の歴史を読み直す。
  • 文庫: 286ページ
  • 出版社: 筑摩書房 (1999/08)

Kindle端末で読みました。

以前、当ブログでも

おっさんの読書情報を積極的にシェアしよう ♯01おっさんの読書情報を積極的にシェアしよう ♯01 | これが我が家の生存戦略
おっさんの読書情報を積極的にシェアしよう #2おっさんの読書情報を積極的にシェアしよう #2 | これが我が家の生存戦略

にてご紹介した本ですね。

要約

『世界史』という学問・受験科目に対して、『西洋史・東洋史を一緒くたに混ぜて歴史でござるというのは間違っている』という刺激的な提案から始まる本書。

西洋の歴史の始まりはヘーロドトスの『ヒストリアイ』であり、東洋…というかほぼ中国史の始まりは司馬遷の『史記』。この二つの『歴史』は、紡がれた背景がちゃんとあり、その背景を理解する事、まったく別の性格を有している『歴史』であり、これを乱暴に結びつけるべきではない、と著者である岡田さんは述べています。

しかし、皆さんご存知のように現実の『世界』『歴史』そのものは西洋と東洋が完全にわかたれたものではありません。この異質な二つの『世界』を結びつけたのが、現在はモンゴルといわれる、中央ユーラシアの遊牧民たちだった、という主張なのです。

引用

 あとがきより

歴史は文化である。歴史は単なる過去の記録ではない。
歴史とは、人間の住む世界を、時間と空間の両方の軸に沿って、それも一個人が直接体験できる範囲を超えた尺度で、把握し、解釈し、理解し、説明し、叙述する営みのことである。人間の営みさえあれば、それがそのまま歴史になる、といったようなものではない。
地球上に生まれたどの文明の中にも、歴史という文化があったわけではなかった。歴史は、地中海文明では紀元前五世紀に、中国文明では紀元前100年頃に、それぞれ独立に誕生した。それ以外の文明には、歴史という文化がもともとないか、あってもこの二つの文明の歴史文化から派生した借り物の歴史である。
<中略>
このように、同じ歴史とはいっても、地中海文明では変化を主題とする対決の歴史観が、中国文明では変化を認めない正統の歴史観が、それぞれ独自に書きつがれてきて、今日のわれわれの歴史観、ひいては世界観にまで大きな影響を与えている。
本書で書きたかった主題の半分は以上のことである。
あとの半分は、単なる西洋史と東洋史の合体ではない、本当の意味での世界史の可能性をさぐるため、中央ユーラシア世界を中心とした世界史を叙述することであった。
中央ユーラシア草原の道は、すでにヘーロドトスの時代に遊牧民の移動路として知られていたし、『史記』の中にも、モンゴル高原最初の遊牧帝国「匈奴」の存在が記される。この中央ユーラシア世界の草原の民の活動が、東は中国世界、西は地中海世界そしてヨーロッパ世界の歴史を動かす力となった。そして、十三世紀に、モンゴル帝国が草原の道に秩序をうち立てて、ユーラシア大陸の東西の交流を活発にしたので、ここに一つの世界史が始まったのである。

言いたいこと

 『歴史』には、語られる必然性があり、その背景がある。そして、その背景の異なる二つの歴史(及び派生史)を結果として結びつけたのは住む場所にこだわらずに、移動を続けた遊牧民たちだった…

なんとも刺激的な主張ですね。広い世界(当時はユーラシアのみが世界と言っても過言ではなかった)の両端で定住を続ける、独立した二つの『世界』に対して別々に影響を与えた『定住をしない民族達』

モ人は知らなかったのですが定住をしない、と言ってもむやみやたらに動きまわる、気の向くまま放浪するのではなく、季節によって(作物や気候の関係から)どのあたりに行く、という不文律の風習みたいなものはあったそうです。

こうして、多少のズレはあってもローテーションを組んだ遊牧生活を営んでいたモンゴル人(仮)ですが、人口が増えたり、家畜が減ったり色々な『環境変化』に対して、移動する事:移動し続ける事によって対応しています。そして、その移動する範囲が拡大する事によって、他の文明との衝突・交流が生まれ、それぞれ別々の『世界』に影響は与える存在になっていったというのです。

この、『環境変化』に対して『住む場所にこだわらないが故に、対応できた』『対応の結果、環境変化の影響を広げて、結果として世界そのものを広げていった(結び付けていった)』というのが、なんとも示唆に富む部分だと感じるのです。 

また、こうして『世界史』の発端を作り出した遊牧民族:大陸民族でしたが、現在は海上貿易を通じて環境変化を世界に広げる海洋民族-西は欧州に始まり、米国、東は日本などなど-に後れをとっているのも、諸行無常の感があります。

終盤には、現在のユーラシア二大国、ロシア・中国はどちらも「カタチこそ変えているが遊牧民族の継承国家」という主張も展開していきます。「民族主義」なんかにも鋭く切り込んでいて、昨今のネット内の一部言論風潮を鑑みるとソワソワしてしまう内容です。

関連

 上記の『環境変化』に対して『住む場所にこだわらずに柔軟に対応する』というのは、「国際分散投資」の「ホームカントリーバイアス」に対する対抗意識として持っておいたほうがよいように感じます。

ホームカントリーバイアスとは?

梅屋敷商店街のランダム・ウォーカー(インデックス投資実践記) | ホームカントリーバイアスについての研究 梅屋敷商店街のランダム・ウォーカー(インデックス投資実践記) | ホームカントリーバイアスについての研究

にて水瀬さん@梅屋敷商店街のランダムウォーカーが

そもそも、ホームカントリーバイアスとは、投資家が何らかの理由によって海外投資に慎重になり、国内資産の投資に偏ってしまう傾向のことです。

と述べられているとおり、「住む場所にこだわる」バイアス(偏り:ここでは思考の偏りの事)のこと。上記の引用記事中では、いくつかホームカントリーバイアスが合理的(かもしれない、という研究結果)な理由を述べられています。偏りが合理的というのも不思議な気がしますが、「偏ってしまうのは、仕方のないことなんだ(だって偏っているほうにもコレコレこんな合理的な理由があるんだもん)」という事なのかもしれません。

一方、遊牧民に「こだわり」はありません。必要なら今まで住んだ事の無い場所でもリスクをとって進出していきます。そして、その結果としてそれまで安定した『世界』を形作っていた文明に対して『環境変化』を強いるのです。

こうして考えてみると、遊牧民ってのは日本株式偏重な国内個人投資家界隈において『国際分散投資家』のような存在なのかもしれませんね。 

それでは せいぞんせんりゃく しましょうか

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